「理解しあえない」ことを理解するということ

翻訳家の屋代通子さんのことば、「文化の翻訳不可能性」

 

せんだいメディアテーク館長 鷲田清一さんによる「対話の可能性」

 

どこかが、繋がるのではないか。

 

それは「不可能を可能にする」という傲慢なものではなく、不可能を受け止めた上で可能性を探るようなてさぐりなもの。